園長のコラム

園生活の中での日々の子供たちとの関わりから、私たち大人が「よりよく生きる」ことを考える・・・「幼児教育」をテーマに神明幼稚園の園長自らが、思いを綴ります。

第4回 見立てる力をそだてよう

 


 さあ、園長のコラム、久しぶりの更新です(^^;)。今回のお題は「見立てる力」。園生活のようすの「おかいものごっこ」の話の続きです。

 

 「おかいものごっこ」の頁でお話したように、幼児期の子どもたちは「見立てる力」という、素敵な素敵な魔法のパワーをもっています。だから、子どもたちは、砂場で作ったケーキや、落ち葉のアクセサリーで、目を輝かせて「おかいものごっこ」の活動を楽しむことが出来るのです。私たちは、幼稚園が子どもたちが自らの豊かな想像力を思う存分働かせて、思い切り遊ぶことの出来る場所であるように、環境を整え、見守っていきたいと思っています。
 ところが、残念なことに私たちが住む現代の日本の社会は、そんな素晴らしい子どもたちの魔法のパワーを、育てるどころか、逆にスポイルしてしまう環境にあふれています。

 おもちゃを例にとって話をしましょう。
  私たちが子どものころ、今に比べればおもちゃは少なく、そのかわりに缶蹴りや鬼ごっこなどの遊びをした記憶があります。私たちの両親の時代には、もっとおもちゃは少なく、棒切れや小石、落ち葉など、身近にあるいろいろなものを、おもちゃに見立てて遊んだんだろうと思います。
  それに比べると、今の子どもたちは、あふれるばかりのおもちゃに囲まれて生活している子も少なくないようです。その他に、テレビゲームやカードゲーム、あるいはビデオなどの視聴覚的なものも本当に豊富です。どちらが幸せなことなのでしょうか。難しいところだと思います。
 昔はおもちゃがなければないなりに、棒切れや小石など手に入るものを想像力でおもちゃに見立てて遊びました。そのことによって、子どもたちの想像力は刺激され、工夫する力が育てられたということが、少なくとも言えると思います。
  神明幼稚園の先生たちは、幼稚園が子どもたちが目を輝かせて遊びこむ場所であるように、お部屋や園庭に用意するおもちゃの量や質に配慮しています。入園当初の子どもたちにとっては、幼稚園にあるおもちゃは、幼稚園という未知で不安な場所になじんでいくための、貴重な手がかりになります。したがって、親しみやすいぬいぐるみや、わかりやすいおもちゃを必要な量だけ用意しておくことは有効です。
  しかし、入園当初の一時期を過ぎて、幼稚園が安心して過せる場所だと知ったならば、次第に視野を広げて、園庭のいろいろなもの、そしてたくさんのお友だちに目を向けてほしいと思います。おもちゃがなくても、遊ぶ場所があってお友だちがいれば、いくらでも楽しいことを見つけ出せる。作り出せる。幼稚園の3年間で、その確信だけはすべての子どもたちに持ってほしいのです。

  「見立てる力」に話を戻しましょう。私は、幼稚園にあるおもちゃは、なるべく「操作性の高い」ものであるべきだと考えています。操作性が高い、というのは、子どもたちが自分たちで手を加える余地を多く残している、という意味です。(この言葉は、以前にこのコラムの「作るということ」で、幼稚園に相応しい造形素材について書いたときにも使いました。)よく出来たロボットのおもちゃは、よく出来ていればいるほど、ロボットでしかありません。けれども、木切れや石ころは、想像力ひとつで、ロボットにもロケットにもなるのです。おうちでは、たくさんのおもちゃに囲まれて生活している子どもたち。幼稚園では、「見立てる力」を大いに発揮して、想像力を駆使して、創造的に遊んでほしいと思います。

  最後に、おうちの方にお願いです。おもちゃの与え方には配慮しましょう。これは、豊かな現代日本ならではの、ぜいたくな悩みだと思いますが、だいじなことです。満腹では、どんなご馳走も美味しくありません。それと同じで、子どもたちが本来持っている好奇心や欲望、想像力を刺激する環境を整えることは、親の責務だと思います。
  ついでに、テレビ、ビデオについても一言ふれておきたいと思います。当たり前のことですが、やわらかく未完成な子どもたちの頭に、テレビ、ビデオの強い刺激を無制限に流し込むことは、危険なことだと思います。もちろん、テレビやビデオの情報をシャットアウトすることなど、現代社会ではできるはずもありません。しかし、テレビやビデオには一定の制限を加え、見立てる力を使って、現実のものにふれて遊ぶ環境を用意してあげることも、あわせて親の責務だと思います。
  もうひとつ付け加えると、園長としてえらそうなことを書き連ねていますが、私自身も親としては悩ましい思いをしています。山の中に引っ越して家族で原始生活を始めれば、子どもの見立てる力は大いに伸びるでしょうが(笑)、そういうわけにもいきません。親として、何が正しいのか思い悩みながらも、上手に折り合いをつけて、工夫して生活していきましょう。

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